秘書課朝の出勤風景

―長尾・進藤・高田・吉川(橋本/吉川)―



オフィス街の中心に位置するタワービル。


地上五十階の高層には外資系企業やグローバル企業などあらゆる企業が入っており、その最上階(全フロア)にA&Kカンパニーはオフィスを構えている。



午前7時25分、オフィス街の朝は早い。

続々と出勤してくる人たちの活気で溢れた街は、今日これから始まる仕事への気概で満ちている。

タワービルでも、既に全てのエレベーターがフル稼働していた。


「遅っせぇなぁ!まだかよ・・・」

「おっ!あっちのが早いな!」

「ブザーが鳴ってんだろ!誰か降りろっ!」

少しでも早く自分の職場に着きたい気持ちが行動を急かす。

あちらこちらで、出勤者たちの喧しいエレベーター確保の声が響く。


「待った!待った!ちょっと待ったあぁぁ・・・間に合った!」

閉まる寸前、スーツに身を包んだサラリーマン風の青年が駆け込んで来た。

「はあ、ふう・・・え〜と、35階を・・・」

青年は息を整えるのももどかしそうに、自分の降りる階のボタンに手を伸ばした。

「ごめんなさいね、このエレベーターは臨時便なの。最上階までノンストップなんです」

乗客の中の20代半ばと思しき女性が、にこやかな笑顔で青年の手を押し戻した。

「臨時便?そうなんですか!?こんな大きなビルなら、エレベーターにもいろいろあるんですね。
しまったなぁ、急いでるのに・・・」


乗り間違えたことを悔やむ青年に、今度は別の女性が優しく声を掛けた。

「大丈夫ですよ。心配いりません」

「えっ?」

青年は振り返って、ギョッとした。

闇雲に駆け込んだので気が付かなかったが、エレベーターの
中は綺麗なお姉さんだらけだった。

それだけならドキッとするのが相場なのだが、そのお姉さんたちに取り囲まれるように長身の男性がいた。

構図的にはハーレムのようなのだが、朝っぱらから青年の思考はそこまで及びつかない。

青年の思考回路が働くよりも先に、エレベーターがチンッ!と小さな音を立てて最上階に到着した。

扉が開くと、綺麗なお姉さんたちが一斉に声を揃えた。


「長尾さん、行ってらっしゃいませ」

「うん、行って来ます。今日も良き一日が美女から始まる」


彼女たちはビル内、長尾ギャラリーの女性たちだった。

長尾が乗り込んでくると、一瞬で彼女たちの笑顔が華やぐ。

朝のわずか数分。しかしこの数分が、彼女たちの鋭気となるのだ。

またその逆(長尾)も、然り。


そしてエレベーターは、青年が自分の置かれた状況を理解するよりも早くドアが閉まり下降を始めた。

「ここのエレベーターは、高速ですから」

「35階ですね。もう間もなくですよ」

チンッ! 再び到着音がして、ドアが開いた。

「着きましたよ。間に合いますか?」

「あ、もう・・・ぜ・・全然大丈夫です!余裕で間に合います!」

「そうですか、良かったですわ」

「それでは、いってらっしゃいませ」

「いっ・・行ってきます!」

状況は理解出来ないままだが、遅刻さえしなければもうそんなことはどうでもいい。

綺麗なお姉さんたちに見送られて、青年は頬を紅潮させながらルンルンでエレベーターを降りて行った。


彼女たちの行為(エレベーターの独占)はあきらかに迷惑行為なのだが、迷惑をお得に代えるのが洗練された長尾ギャラリーのパワーなのだ。



さてその長尾には、同じA&K秘書課で同期の進藤がいた。

長尾がエレベーターを降りた30秒後、今度は進藤を乗せたエレベーターが到着し、

「進藤さん、行ってらっしゃいませ」

ここでも綺麗なお姉さんたちが、勢ぞろいで見送っていた。


「会うは別れの始め、故にまた明日が恋しくなる。君たちなればこそ尚更にね。ありがとう、行って来ます」





降り立ったエレベーターホールの数メートル先に、自社の玄関がある。

きっかり午前7時30分、長尾・進藤出社。


「お早うございます。長尾さん、髪伸びましたね」

「お早う。ああ、こうして括っておかないと、また誰かのせいで切らされる羽目になるからね。なぁ、進藤?」

「お早うございます、進藤さん」

「お早う。へぇ、そうなのかい、それは知らなかったなぁ」

進藤の方が、若干物腰が柔らかい。

とはいえ基本同じタイプなので、思考も行動パターンもほぼ一致する。



   



受付嬢と挨拶を交わしつつ、二人仲良く秘書課へ向かう。

もちろん着く頃には、二人が団体になっていることは毎朝の常だ。

当然批判の声も多い。但し男子社員のみ。

「毎朝、毎朝、廊下いっぱい広がって歩きやがって・・・」

「一列に並んで歩っ・・・ギャアーッ!!!」

「あらン、ごめんなさ〜い(↑)足を踏んでしまったわ。狭い!廊下がいけないのよね〜?」

社内セクシーコンテスト第二位女子社員相手では、一般男子社員はイチコロだ。

目の前でフルフルと揺れる胸は、足を踏まれても余りある。

男の(さが)が、実質は狭くもな
い廊下で、ついガッツポーズをしてしまう。

「はい!僕の足が痛いのは、狭い!廊下がいけないんです!」

A&Kの男子社員たちは、四十にして惑わずの孔子よりもまだまだずっと若い。

もっとも、四十になっても長尾・進藤は、孔子とは一生縁がなさそうだが。





「あっ、長尾さ〜ん!お早うございますぅ!」

「わぁいっ!進藤さんっ!おはようございまーす」


「ん?君たち・・・お早う」

「お早う、相変わらずみんな可愛いね」


秘書課受付。今日は珍しく高田が立っていた。

高田は秘書課三年目、長尾・進藤の一年後輩に当たる。彼も孔子とは無縁だ。

受付が人だかりで塞がれてしまっていて、その全ては高田私設応援団の彼女たちだった。


「ちょっとあなたたち、ここをどこだと思っているの。邪魔でしょう。
本当に最近の子たちは、お行
儀がなってないわね」

「あらぁ、お姉様方も、我社の廊下は狭い!のですから、広がって歩くのは如何なものかと」


長尾・進藤は落ち着いた雰囲気なので(傍目には)社内外問わず、大人の会話を好む年齢層
の取り巻きが多い。

反して高田は当たりの柔らかさから友達感覚で話しやすく、比較的若い女子社員たちの集まり
で私設応援団が構成されている。

長尾・進藤から見れば、高田私設応援団の女子社員たちは可愛い≠ニなるのだ。

さらに、この美味しい対決がスクープされないはずがない。

企画部の秘書課番付き男子社員
が、こっそり写真を撮っていた。


(今度の企画はこれだな!―綺麗なお姉さん軍団VSピチピチギャル軍団― っしゃぁー!!)


「だめでしょう君たち、注意はちゃんと聞かなきゃ。ほら下がって、他の人たちが通れないでしょ
う」

バチバチと火花を散らすピチピチギャル軍団も、高田の言葉なら引かざるを得ない。

「はぁ〜い・・・」

と、殊勝な声でニ、三歩後ろに引き下がった。


「すみません、皆さん。お早うございます」

長い睫毛の目を細めコクッと首を傾げる高田に、長尾・進藤ギャラリーから歓声が上がる。

「高田さんに罪はありませんわ。もしそれが罪になるのなら、あなたの存在自体が罪になってし
まうもの」

長尾・進藤ギャラリーだとか高田私設応援団だとか、一応グループになってはいるようだが、
その実基準は非常に曖昧で緩やかだった。つまり節操がない。

高田はふわりと柔らかい笑みを返すと、長尾・進藤に挨拶をした。

「長尾さん、進藤さん。お早うございます」

「お早う。ふ〜ん・・・僕たちは後回しなんだね」

するりと高田の右側に長尾が回り込んだ。

「あ、後回しだなんて!彼女たちに塞がれていて、前が見えなかったんですっ!」

反射的に左側に飛び退いた高田だったが、待ち受けていた進藤の胸にスッポリ収まってしまっ
た。

「また自慢?そんな聞き苦しい言い訳が、通用すると思ってるの」


肉食・草食・肉食の図式も、外からは全員草食系に見えている。

長尾・高田・進藤、優雅なじゃれ合い(あくまで外から見て)に、ギャラリーたちは大喜びだっ
た。


「・・・いえ、通用するとは思っていません」

「良くわかっているじゃなか。それじゃどうして最初にすみません≠ェ、言えないのかな」

進藤に抱かれている高田に、長尾が顔を寄せて囁きかける。ように、映っている。


「・・・それもたぶん、通用しなかったと思います」

「ん?高田くん?・・・」

いつになく毅然として言葉を返す高田に、思わず進藤の腕が弛んでしまった。

一縷の望み!!高田は大声で叫びながら(心の中で)

(彼なら通用するかもしれない!っていうか、彼しかいない!!・・・っていうか!!彼なくしては
生きていけない!!)

受付カウンターの呼び鈴に飛びついた。

リンロン!リンロン!リンロン!リン!!ロン!!〜♪♪☆。,・!!!
(吉川君!吉川君!吉川・・っくーん!!助けてえぇぇっ!!!)




「あっ、呼び鈴が鳴ってますね。吉川さん、ちょっと見て来ます」

秘書課秘書室。

部屋には遼二と吉川がいた。

長尾たちが出勤して来るまでに、彼らの仕事の段取りを整えて
おくのが二人の朝一番の仕事だった。

「先走るな。よく呼び鈴の音を聞いてみろ」

吉川は仕事の手を止めることなく、黙々とファイルを揃えていた。

呼び鈴はその間も鳴り続けている。

リロ!リロ!リロ!リロ!リン!!ロン!!♪♪☆☆・・・!!!

「そういえば、何だか乱暴というか、忙しないというか・・・」

「状況を考えろ。受付には高田さん、時刻は長尾さんたちの出勤時間」

「・・・高田さんのSOSですね」

ああと、遼二は納得したように頷いた。

「君が行くなら、行ってもいいぞ」

「いえ、すみません。吉川さん、お願いします。後は俺がしておきます」

吉川からファイルを受け取ると、そのまま仕事に戻った。

高田のSOSに、吉川はもとより遼二でさえもいたって冷静だった。

リロ!リロ!リロ!リッ

「・・・呼び鈴が切れたな。仕方ない、行ってくる」

仕方ないという割には、身だしなみに抜かりがない。

きっちり櫛と手鏡を引き出しに仕舞って、吉川は受付へ向かった。





「随分強気じゃないか」

「さてね、どこまで通用するかな」

草食系、高田。バンビのようにスラリとしているのは身体だけで、身体能力(逃げ足)は極めて
どんくさかった。

指を鳴らす長尾と柳眉を上げる進藤に再び挟まれて、とうとう高田の額から一滴汗が流れた。

秘書課三大ご法度のひとつ、目敏い進藤が見逃すはずはない。

「高田君、暑く・・・「高田さん、暑苦しいですよ」

が、しかし、進藤の声に被る声。


「吉川!」

長尾の声が鋭く響き、

「よっ!吉川君!・・・吉川・・・くん?」

高田の風船のように大きく膨らんだ声が、プシュゥ〜と空気が抜けていくような疑問符に変わっ
た。


吉川が三人を差し置いて、彼女たちの前に立っていた。

「皆さん、お早うございます」

―キャアーッ!!吉川君!!!―

童顔破顔一笑。さらに社内癒し系キャラコンテスト1位の威力が後押しをする。

長尾・進藤・高田全ての取り巻きから、大歓声が起こった。


「お早う、吉川君。見て、私はいつも貴方といるのよ。
だけど、たまにはおしゃべりをしながらお
食事がしたいわ」

長尾ギャラリーの彼女がちびちび吉川君v′g帯ストラップを見せながら、吉川を指名する。


「吉川君の笑顔はみんなのものよ、いつまでも企画部に独占させないわ。
広報課から申し入れ
ているランチの日程は、忘れていないわよね?」

進藤ギャラリーのこの彼女は広報課所属のようだった。

彼女の発言からもわかるように、広報
課と企画部は何かにつけライバル関係にある。


「お姉様方ばかりの相手じゃ疲れるわよねぇ〜。吉川君っ!
合コンランチの件だけど、入社三
年未満で固めたから!」

こちらは高田私設応援団のメンバーが、綺麗なお姉さん軍団を牽制しつつちゃっかり吉川との
ランチ権をとりつけていた。


「ええっと・・・ストラップの貴女、では今週の水曜日はいかがですか?OK?はい!水曜日・・・
っと。
ああ、広報課の貴女!もちろん忘れていません、火曜日です。
それから合コンの君、日
程決まったの!?いつ?木曜日?了解、花○つけとくね」

手帳とペンはサラリーマンのアイテム。

吉川は決定事項をサカサカ書きつけると、用事は済ん
だとばかりにパンパンと手を叩いて解散を促した。

「さあ、皆さん、もうそろそろ時間ですよ。各部課へ戻って下さい。
今日もしっかり仕事をしましょ
う。そして明日また、皆さんとお会いするのを楽しみにしています」

彼女たちも、引き際は心得ている。

明日の楽しみは、今日をきちんと働くことに通じている。


彼女たちが去ると熱気は瞬く間に沈静し、ひと仕事終えた気分の吉川はすっきりした笑顔を長
尾たちに向けた。

「長尾さん、進藤さん、お早うございます。高田さんが、どうかしましたか?
まっ、確かにいつも
どうかしていることが多いですが・・なっ・・何ですかっ!?やめっ・・・!!」

「どうかしているのはお前だ!」

せっかく良き一日が美女で始まるはずだったのに、最終的に美女たちを全て掻っ攫われてしま
った。

それも小生意気な吉川なのが、余計長尾の神経を逆撫でる。

ニ、三発尻でも叩かなければ気が治まらないとばかりに、長尾は吉川を高々と肩に担ぎ上げ
た。

進藤は長尾以上だった。

これまでの諸事例(錯乱、気絶など)が否応なく甦り、つい防御する姿
勢が働くようだった。

「長尾!そいつを捨てて来てくれ!」

ただやはり軽い錯乱状態になっていることは、その発言から否めない。


「吉川君!花○ってどういう事!?勘違いしないでよ!
君は誘われたってだけで、彼女たちと
の合コンランチは僕が主賓なんだからね!」

高田は呼び鈴SOSまでして吉川に助けを求めたくせに、自分が主役の合コンランチ割り込み
の話に、きれいさっぱり焦点が変わっていた。


吉川はそれどころではない。

「離せぇっ!!僕が何をしたー!!こんな不当な扱いは許されない!!人権侵害だー!!
権とは日本国憲法第13条における個人の尊厳からも・・・」

「しゃべるな!!人権侵害はお前の口だ!!進藤、後ろ!!」

長尾も忙しい。耳の横で喚き倒す吉川を担ぎながら、進藤も正気に戻さなければならない。

「後ろ?・・・高田君!!すまない、待たせたね!!」

「ひっ??いやあぁっ!!待ってませんっ!!」

高田!一発!進藤に効く。


取り巻きの彼女たちの帰った秘書課受付は、静かになるどころか益々しっちゃかめっちゃかの
大騒ぎだった。




秘書室では、遼二がひとり黙々と仕事の段取りを整えていた。

「そういえば、長尾さんたち遅いな・・・」

普段なら部屋に着いている時間なのに、まだ姿が見えない。吉川も出て行ったきりだった。

時計を見ると午前7時50分を指していた。

「もうすぐ橋本さんも出社してくるのに・・・」

そうは思うものの、何といっても先輩四人のこと。下手に動いて部屋を空けてしまうより、信頼
して待つことの方が常套なのだ。

遼二はその辺の判断は、かなりよく出来るようになった。







「ほう・・・受付に四人もいて、誰も挨拶もなしですか」

時間が止まるというのはこういうことをいうのか、四人の動きがピタッと止まった。

いつもより10分早く、橋本が出社して来ていた。

「・・・すみません。お早うございます」

長尾に続き、進藤・高田・吉川と挨拶をするも、皆動作は固まったままだった。

「お早う。君たち四人には、この間のお仕置き程度では、まったく効き目がなかったようですね」

この間のお仕置きとは、ホテル森之宮の'lumiere(リュミエール)'オープン記念前夜祭に出席さ
せてもらえなかったことなのだが。

その理由のひとつが、最近弛んでいると注意を受けてのこと
だった。

要するに何をふざけているんだ≠ニ、橋本は言っているのだ。


「ちっ・・・違うんですっ!そんなことありません!橋本さん!」

「何が違うのかな?長尾君」

長尾は吉川を降ろすタイミングが見つからず、担いだままだった。

「僕!僕の方こそ!違うんですーっ!!橋本さんっ!!」

必死に顔を橋本の方に向ける吉川だったが、担がれている体勢では尻の方が向いてしまって
いる。

それも橋本の目の前だった。

「吉川君、そんな大上段から言われてもね・・・」

188cm、担いでいる長尾は長身なのだ。

橋本は吉川の嘆願を一旦は却下したが、とりあえず目の前の尻が邪魔だった。

「まあでも君はちゃんと尻を向けていることだし、これで勘弁してあげましょう」

バチーンッ!!

橋本の右手(利き手)が吉川の尻に炸裂した。



「さて、問題は君たち三人ですが・・・」

橋本は痺れる右手を振りながら秘書室に入って行った。

当然後に続く長尾・進藤・高田。

吉川は尻を叩かれた時点で、受付に捨てられた。




午前8時。橋本秘書室到着。

10分早く到着したのに、10分ロスしてしまった。

このような時間のロスは、橋本が非常に嫌うところだった。


遼二が起立で迎える。

「お早うございます!」

「お早う」

「長尾さん、進藤さん!お早うございます!橋本さんとご一緒だったんですね」

「ん?・・・ん、お早う」

「お早う・・・元気だね、杉野君」


「あっ、高田さん。受付は吉川さんと交代ですか?」

「え?・・う・・うん、そうだよ」

「呼び鈴が鳴っていたので、何かあったのかと思いましたよ」

何もなければ遼二の笑顔も、朝の清々しさに溶け込んでいただろう。

「なっ・・俺、何か変なこと言いましたか!」

言うに及ばす、遼二の笑顔は三人の癇に障った。

肉食系はもとより、草食系も睨むと怖い。

いつもながらの三人のトバッチリにまごついている遼二に、席に着いた橋本から声が掛かっ
た。


「杉野君、この資料を揃えておいてくれたのは君ですか」

「あっ、はい!吉川さんから、今朝の会議に必要なものだと指示がありました」

「そう。指示通りのことが出来るということは、聞く耳がよく養えているということです」

褒められるのは嬉しいが、遼二の状況がそれを許さない。

小さな声で、ありがとうございますと言うのが精一杯だった。

「それに引き換え・・・」

橋本はこれ見よがしにため息を吐いた。

三人は各自のディスクで、押し黙ったままだった。

「それと杉野君、君は'lumiere(リュミエール)'オープン記念でも、落ち着いて行動していたと聞い
ています。
随分落ち着きが出て来たようですね、査定を楽しみにしておきなさい。ああ、そこの
三人もね」

査定。サラリーマンでこれを気にしない者はそういない。

遼二と三人、明暗がくっきりと出た。


「それでは私はこれから営業部の会議に出席しますから、秋月さんが来られたら伝えておいて
下さい」

橋本は遼二の用意した資料を抱えて、秘書室を出て行った。



再び長尾・進藤の独壇場、しかも査定ダウンのお墨付きまでもらって気分はすっかり猛獣だ。


「杉野君!'lumiere(リュミエール)'が何だって・・・そういえば報告聞いてないな。
僕たちは出
席!出来なかったからね。聞かせてもらおうか」

「そっかぁ、杉野君は査定楽しみだねぇ。落ち着きが出て来たって?
ふ〜ん・・・その額の汗
は、何?何、腰浮かしてるの?」



猛獣のターゲットを離れた高田が、草むらの影(FAX&コピーの複合機を置いている辺り)から
遼二を見ていた。

「杉野君ってあの二人に詰め寄られても、何か大丈夫そうなんだよねぇ・・・。
そういえば悪運も
強かったし、これからあの二人のことは杉野君に任せよう」

バンビ高田、長い睫毛を伏せてそっと手を合わせた。



「お早うございます!秋月さん」

「お早うございます」

午前8時30分。受付の吉川に迎えられて、秋月和也出社。


和也が出社して来る頃には大概の騒動もあらかた片付いており、こうして今日も恙無く秘書課
秘書室の一日が始まるのだった。







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